ロジャーはアレックス・ローズウォーターの所有するビルの前にある、駐車場へ愛車のグリフォンを停める。
車内で構想を練る。ようは空き巣被害が一軒で終わるはずがないという、初歩的な推理だ。
この論理が成り立つ理由は、完全犯罪が成立している、なおかつ現金を窃盗しているのに他の建物を狙わない理由がない、そのことから推論できる。
「1から情報収集をしていても、核心には至らないか…」
ロジャーはとにかく自分の休日をこなすことを考えた。休むことを知らない生物はいない。狩りの時以外は群れで過ごし、安全地帯では羽を休める、生物とはそういうものだ。
ロジャーは先日の福引で当たった温泉旅行券をある夫妻に譲ることにしていた。
その夫妻の邸宅の前にグリフォンを停める。チャイムを鳴らすと60代後半ほどの婦人がドアを開けた。奥には70代前半に見える夫もいる。
「ロジャーさん、本当にいいんですかい?」
「お気になさらず、旦那様と一緒に羽を伸ばしてにいってください。」
この夫妻は非常に重篤な問題を抱えている。妻は20代前半で、夫は20代後半で結婚したこの夫婦だが、二人でトマト農家を営んでいた。
懸命に畑を耕し、肥料を仕入れ、ビニールシートを夕方遅くまで引いた青春が、この夫妻のメモリーなのだ。
しかし2,3年前から夫の持病の関節炎がひどくなり、もうすぐ歩けなくなってしまうと医者に打診されたのだ。今は貯金を切り崩して生活している。
「夫が温泉が大好きでねぇ。歩けなくなる前にどうしてもっていうんですよ。」
「私の強運にもしっかり意味があった。誇らしいことですよ、マダム。」
夫妻は東洋の国から授かったメモリーから編み出した、毎年漬けている漬物をビニールの袋に入れてロジャーに渡す。
夫はロジャーが旅行券を渡したとき、2人の馴れ初めを話して聞かせていた。どんな人間関係にも始まりと終わりがある。この夫妻の関係も、その命でさえいずれ終わりが来る。
しかしロジャーはこの夫妻が築いてきた信頼に終わりはないことを知った。彼らが歩んできた足跡は、多くの人々の生活を支えてきたのだから。
グリフォンの窓から手を振り、邸宅を後にするネゴシエーター。休日の過ごし方としてはいささか教訓めいているが、こういった日もまた一興だ。
そのしばらく後に、新聞社に足を運ぶ。ロジャーは普段新聞をあまり読まないが、夫妻が記事を見たのは、ロジャーが温泉券を譲るという記事を依頼したからだった。
「この記事を書いてくれたのは君かい?」
新聞社の編集室で、一人タイプライターを弾く青年に声をかける。
「あんなもったいないことをできるなんて、すごいことですよ。僕だったら自分で使ってしまうでしょう。」
「私の家には入浴嫌いのご令嬢がいるのでね」
記事を書いてくれたことに感謝するとともに、最近空き巣の事件を取り扱ったことがあるかを聞いた。
答えとしては、軽犯罪である空き巣が紙面に大きく書かれることはあまりないという。やはり警察の領分だろうという結論が出た。
しかし例のカジノで起きた事件だけは取り上げられたことがあり、それを書いたのは自分ではないという。
「その記事を書いた記者はどこに?」
記事を書いた男は最近全く出社せず、同僚も見識がないらしい。勤続年数が社内でもトップだったこともあり、なぜそうなったのかという噂しかない。
ロジャーは真相に近づいた。新聞社の勝手口から外に出ると、グリフォンで3番街へ向かう。
3番街は空き巣が横行しているが、例の金庫がある家だけを狙っている、ロジャーはそう確信した。
つまり、金庫を作った人間と、例の記事を書いた人間が結託しているという推論だ。2人でコンビを組んで、金庫をあさっている。
先日の金庫を製造している会社で聞いた、金庫を搬入しているルート、そして3番街でどの程度普及しているかを調べたところ、ある邸宅が次に狙われる可能性が高い。
その邸宅に秘密裏にアポを取っていたロジャーは、目立つグリフォンを有料の駐車場に置いてきた。そして草間の陰から倉庫を観察する。
「鬼が出るか蛇が出るか…人間ではない存在、いったい何を狙う?」
ロジャーが見守る中、深夜0時その時に空き巣の現行犯が金庫の前に現れる。ロジャーは暗闇から這い出すため、照明のスイッチを入れて空き巣に向かい出る。
「招かれざる客人、君の正体は…。」
静寂をかき消した声に反応したのは、一体のアンドロイドだった。
「私が人間に見えるかい?ネゴシエーター」
1体と一人がいる空間に緊張が走る。しかし次の瞬間、アンドロイドの体が地面に仕掛けられていたネットとロープに捕縛された。
宙に浮きネットにからめとられたアンドロイドは、機能を停止した。
「今回の仕事もひとまずか、しかしあまり休めない休日だった。」
ロジャーは静寂の中、事後処理を警察に連絡し、安堵の表情を浮かべる。
※Rogers holiday④に続く