ロジャー・スミスは朝に弱い。
寝ぼけ眼のまま、ノーマンの用意したフレンチトーストに、甘さ控えめのブルーベリージャムを塗りたくる。
食事を終えた後、いつものスーツに身を包んだロジャーは、ドロシーを探すが見つからない。
「ドロシーなら先ほど出かけましたが」
「そうか、では午前中の仕事を終わらせて、寄り道してから帰るつもりだ。」
黒塗りの高級車に乗り込んだネゴシエーターは、サングラスをかけて高速道路を走る。
今回の依頼はとある建造物についてだった。私のもとにやってきたこの地域で有名な大地主は、ある建物に興味があるらしい。
パラダイムシティの七不思議である、「知られざる廃墟」調査の依頼だった。何者かが作った、現在では使われていない古ぼけた廃墟。
噂では、だれも住んでいないにもかかわらず、エレベーターが存在し、ひとりでに地域住民を異界へと運ぶという。
「悪趣味な噂話だったとしても、プロとして確かめないわけにはいかない。」
午前中のうちに廃墟にたどり着いたロジャーは、小型の金属探知機を携え廃墟に足を踏み入れる。
「マイケル・ゼーバッハの用意した罠でなければいいが…」
シュバルツ・バルトとの因縁が脳裏によぎる。偶然で出会ったわけではない、自らの宿命との戦いを思い出す。
懐中電灯で行く先を照らしながら、簡素なドアを3回通り抜けたあたりで、例のエレベーターを発見する。
「虎穴に入る勇気が必要だな…しかし」
ロジャーは周到に、6つ足のドローンを利用することにした。
蜘蛛のごとく歩行するドローンをエレベータールームに配置し、階を2階に設定するボタンを、扉の前から押す。
「鬼が出るか蛇が出るか」
2階に到達した音がした後、1階を押し、ドローンを回収しようとした。
エレベーターの扉が開くが、それを見たロジャーの顔には冷や汗が伝う。
「ドローンが消えている、まだ2階までしか昇っていないのに?」
異界へと誘うエレベーター、想像以上に危険な代物らしい。2階に誰かが住んでいて、緻密なドローンを金銭目的で拾得した線も捨てられない。
ロジャーは情報収集が必要と判断し、廃墟を後にする。
パラダイムシティのアンダーグラウンドについてよく知る、ボルトーという情報屋の女性と待ち合わせたロジャーは、カフェテラスでメニュー片手に注文する。
「フィッシュアンドチップスと炭酸水、トッピングはレモン」
かしこまりましたと席を離れるウェイトレス。数十秒で用意された炭酸水にロジャーがレモンを絞るタイミングで、ボルトーが口を開き、
「あのエレベーターであなたと同じことをした人がいるの」
「詳しく聞かせていただきたい」
その男が試行したのは、自分の持ち物を1回ずつ2階や3階に送り、どの程度の質量、組成の物質ならば消えるのかという検証だった。
重量や質量が重すぎるものを乗せた場合、重い荷物が、1回目に送ったものと置き換わっていたというのだ。
ロジャーはその話をホラではないかと疑った。しかしボルトーの次の話でそれは否定される。
「この町であった有名な失踪事件をご存じ?」
当時の新聞記事を渡されたロジャーは、これとどういった関係が?と訝しむ。
紙面を飾った人物は、エレベーターで実験をしていたその男だった。
1年前、飲食店を経営していた男は、客から又聞きした都市伝説を信じ、廃墟に毎日通うようになった。
その男は検証動画を撮影しながら徐々に真実に至ったのだが…。
「その男、どうなったと思う?」
「私の推論だが、自分自身をエレベーターに乗せてしまった、かな。」
ご明察、とボルトーはロジャーに合図を送る。
異次元に通じるエレベーター、嘘とは思えない。私自身がそれを証明したのだ。
運ばれてきたフィッシュアンドチップスをボルトーに譲り、愛車に乗り込み帰宅した後、ロジャーは屋敷内で電話をかける。
連絡先はエレベーターの整備会社で、単刀直入に尋ねる。
「2番街の~番地にあるエレベーターですが、そちらはどう整備と管理を?」
整備会社はなんのことやら、一切関知しないの一点張りで、ロジャーもあまりに要領を得ない情報に辟易する。
エレベーターが、扉を開く前にエレベーター内に入る方法はあるかと聞くと、
「当社で取り扱っているエレベーターでは不可能なはずですが」
ロジャーは頭を悩ませる。謎のエレベーターが物体を飲み込むというのか、それとも誰かが積み荷を回収しているだけなのか?
暗中模索の中、ドロシーが帰宅する。気づいたノーマンが問いただす。
「お帰りなさい、ドロシー。その手に提げているものは?」
「目覚まし時計よ。ロジャーがピアノの音で起きるよりはマシだといってたから買ってきたの。」
目覚まし時計?
ロジャーの瞳が微かに活気を帯びる。
翌日、ロジャーはアラーム付きのドローンを使い、エレベーターの扉の隙間からひもを通し、もう一つのアラームと結びつけた。
アラームは同期してあり、同じ回線でつながっている。
ドローンに搭載したアラームと、もう一つのアラームとに時間の差があるか確かめるという寸法だ。
「異界への片道切符を拝見といったところか。」
昨日と同じように2階へドローンを送る。やがて1階へ帰ってきたエレベーターの個室。
扉の前のアラームに表示された時間は、驚くことに3分前と変わっていない。
エレベーターの個室にはドローンの姿はなく、一枚の手紙が置いてあった。
※Missing elevator②に続く