THEビッグオー SS Missing elevator①

ロジャー・スミスは朝に弱い。

寝ぼけ眼のまま、ノーマンの用意したフレンチトーストに、甘さ控えめのブルーベリージャムを塗りたくる。

食事を終えた後、いつものスーツに身を包んだロジャーは、ドロシーを探すが見つからない。

「ドロシーなら先ほど出かけましたが」

「そうか、では午前中の仕事を終わらせて、寄り道してから帰るつもりだ。」

黒塗りの高級車に乗り込んだネゴシエーターは、サングラスをかけて高速道路を走る。

今回の依頼はとある建造物についてだった。私のもとにやってきたこの地域で有名な大地主は、ある建物に興味があるらしい。

パラダイムシティの七不思議である、「知られざる廃墟」調査の依頼だった。何者かが作った、現在では使われていない古ぼけた廃墟。

噂では、だれも住んでいないにもかかわらず、エレベーターが存在し、ひとりでに地域住民を異界へと運ぶという。

「悪趣味な噂話だったとしても、プロとして確かめないわけにはいかない。」

午前中のうちに廃墟にたどり着いたロジャーは、小型の金属探知機を携え廃墟に足を踏み入れる。

「マイケル・ゼーバッハの用意した罠でなければいいが…」

シュバルツ・バルトとの因縁が脳裏によぎる。偶然で出会ったわけではない、自らの宿命との戦いを思い出す。

懐中電灯で行く先を照らしながら、簡素なドアを3回通り抜けたあたりで、例のエレベーターを発見する。

「虎穴に入る勇気が必要だな…しかし」

ロジャーは周到に、6つ足のドローンを利用することにした。

蜘蛛のごとく歩行するドローンをエレベータールームに配置し、階を2階に設定するボタンを、扉の前から押す。

「鬼が出るか蛇が出るか」

2階に到達した音がした後、1階を押し、ドローンを回収しようとした。

エレベーターの扉が開くが、それを見たロジャーの顔には冷や汗が伝う。

「ドローンが消えている、まだ2階までしか昇っていないのに?」

異界へと誘うエレベーター、想像以上に危険な代物らしい。2階に誰かが住んでいて、緻密なドローンを金銭目的で拾得した線も捨てられない。

ロジャーは情報収集が必要と判断し、廃墟を後にする。

 

パラダイムシティのアンダーグラウンドについてよく知る、ボルトーという情報屋の女性と待ち合わせたロジャーは、カフェテラスでメニュー片手に注文する。

「フィッシュアンドチップスと炭酸水、トッピングはレモン」

かしこまりましたと席を離れるウェイトレス。数十秒で用意された炭酸水にロジャーがレモンを絞るタイミングで、ボルトーが口を開き、

「あのエレベーターであなたと同じことをした人がいるの」

「詳しく聞かせていただきたい」

その男が試行したのは、自分の持ち物を1回ずつ2階や3階に送り、どの程度の質量、組成の物質ならば消えるのかという検証だった。

重量や質量が重すぎるものを乗せた場合、重い荷物が、1回目に送ったものと置き換わっていたというのだ。

ロジャーはその話をホラではないかと疑った。しかしボルトーの次の話でそれは否定される。

「この町であった有名な失踪事件をご存じ?」

当時の新聞記事を渡されたロジャーは、これとどういった関係が?と訝しむ。

紙面を飾った人物は、エレベーターで実験をしていたその男だった。

1年前、飲食店を経営していた男は、客から又聞きした都市伝説を信じ、廃墟に毎日通うようになった。

その男は検証動画を撮影しながら徐々に真実に至ったのだが…。

「その男、どうなったと思う?」

「私の推論だが、自分自身をエレベーターに乗せてしまった、かな。」

ご明察、とボルトーはロジャーに合図を送る。

異次元に通じるエレベーター、嘘とは思えない。私自身がそれを証明したのだ。

運ばれてきたフィッシュアンドチップスをボルトーに譲り、愛車に乗り込み帰宅した後、ロジャーは屋敷内で電話をかける。

連絡先はエレベーターの整備会社で、単刀直入に尋ねる。

「2番街の~番地にあるエレベーターですが、そちらはどう整備と管理を?」

整備会社はなんのことやら、一切関知しないの一点張りで、ロジャーもあまりに要領を得ない情報に辟易する。

エレベーターが、扉を開く前にエレベーター内に入る方法はあるかと聞くと、

「当社で取り扱っているエレベーターでは不可能なはずですが」

ロジャーは頭を悩ませる。謎のエレベーターが物体を飲み込むというのか、それとも誰かが積み荷を回収しているだけなのか?

暗中模索の中、ドロシーが帰宅する。気づいたノーマンが問いただす。

「お帰りなさい、ドロシー。その手に提げているものは?」

「目覚まし時計よ。ロジャーがピアノの音で起きるよりはマシだといってたから買ってきたの。」

目覚まし時計?

ロジャーの瞳が微かに活気を帯びる。

翌日、ロジャーはアラーム付きのドローンを使い、エレベーターの扉の隙間からひもを通し、もう一つのアラームと結びつけた。

アラームは同期してあり、同じ回線でつながっている。

ドローンに搭載したアラームと、もう一つのアラームとに時間の差があるか確かめるという寸法だ。

「異界への片道切符を拝見といったところか。」

昨日と同じように2階へドローンを送る。やがて1階へ帰ってきたエレベーターの個室。

扉の前のアラームに表示された時間は、驚くことに3分前と変わっていない。

エレベーターの個室にはドローンの姿はなく、一枚の手紙が置いてあった。

 

 

※Missing elevator②に続く